【2018年最新】Greta_garbo_no_magoさんへの回答リクエストです。 . 前回(2017年11…

【2018年最新】Greta_garbo_no_magoさんへの回答リクエストです。 . 前回(2017年11…

Greta_garbo_no_magoさんへの回答リクエストです。 . 前回(2017年11…

Greta_garbo_no_magoさんへの回答リクエストです。 .
前回(2017年11月13日)、下記の二項目について、論述をいただきました。
【Ⅰ】 アメリカの恥=ドナルド・トランプ一族
【Ⅱ】 日本の恥=安倍晋三一族
今回(2017年12月5日)、あなたが予定された以下の論述をお願いします。
【Ⅲ】 形而上学者=L・ヴィトゲンシュタイン
【Ⅳ】 ピューリツアー賞作家=J・F・ケネディ
【Ⅴ】 滅亡に近づくトランプ政権の実情
【Ⅵ】 安倍政権に追随する司法機関の怪
【註】:
指名対象の回答者さんの意向により、彼女の回答に先立って、遠慮なく、他の方々の意見を歓迎したいとのことでした。

アンサー

目次
【Ⅰ】 アメリカの恥=ドナルド・トランプ一族
【Ⅱ】 日本の恥=安倍晋三一族
【Ⅲ】 形而上学者=L・ヴィトゲンシュタイン
【Ⅳ】 ピューリツアー賞作家=J・F・ケネディ
【Ⅴ】 結辞
前回、上記目次の【Ⅰ】、【Ⅱ】は、11月13日に既述済み。
今回、【Ⅲ】以降を論述します。
【Ⅲ】 形而上学者=L・ヴィトゲンシュタイン
(a)永遠の相
ルトヴィヒ・ヴィトゲンシュタインは、「永遠性と時間」について、論理哲学論考「6――4311」などで、それを「永遠の相」の思索を通して、したためている。彼の「草稿」(原題=Notebooks 1914―1916)は、彼の弟子のフォン・ウリクト(G.H. von Wright)とエリザベス・アンスコム(G.E.M. Anscombe)の編集によって出版されている。
「草稿――1916年10月7日」と、更にそれを敷衍した「雑考」に、次のような記述がある。
………「芸術家の仕事とは別に、世界を永遠の相のもとに捉える、もう一つ別の仕事がある。それは、言い換えれば、世界を飛び越える思想の道である」。(論述者・私訳)
そこで、「草稿――1916年10月7日」の一文を振り返ってみよう。
Das Kunstwerk ist der Gegenstand sub specie aeternitatis gesehen; und das gute Leben ist die Welt sub specie aeternitatis gesehen. Dies ist der Zusammenhang zwischen Kunst und Ethik.
● 英訳
The work of art is the object seen sub specie aeternitatis; and the good life is the world seen sub specie aeternitatis. This is the connection between art and ethics.
● 和訳(論述者・私訳)
芸術作品は「永遠の相」から見る対象である。そして、善き生とは「永遠の相」から見る世界である。ここには、芸術と倫理の連結がある。
ところで、私達が標題とした「形而上学」の語を、ヴィトゲンシュタインは「永遠を背景として見られた相」と理解している。それは、結局「永遠の相のもとに」と同義と言えるだろう。即ち、「現在のうちに生きる者は永遠に生きる」と、この哲学者が語るテーゼも、形而上学の次元にある。それはまた、プラトン以来の「永遠性と時間」という形而上学の伝統に属している。
この伝統には、極めて重要な区別が存在する。それは、「永続性と永遠性」である。
「永続性と永遠性」という語句のもとに、その時間の哲学を語ったのは、ボエティウスである。
(b)ボエティウス
ボエティウス(470―525)はローマ名門出身の哲学者として、東ゴート王・テオドリックに寵用され、コンスルの地位を与えられた。誰よりも早く、プラトン、アリストテレス翻訳の完成に挑んだが、全翻訳完成の直前に倒れた。だが、今日にも遺る偉業は、キリスト教世界にアリストテレス導入の端緒を築いた。ボエティウスの翻訳になるアリストテレス著作物は以下の通りである。
アリストテレスの範疇論
アリストテレスの命題論
ポルピュリオスの「エサゴーケ注釈」
等々
ボエティウスは「最後のローマ人」、そして「最初のスコラ学者」、と言われている。その著作物として………、
哲学の慰め(プラトンの形式を援用)
神の存在証明
三位一体論
………など、いずれも、スコラ神学の基準を培った書籍である。
(c)聖トマス
ボエティウスの語・「永続性と永遠性」は、……無限な時間持続(永続性)と、無時間性(永遠性)……の、対比を示し、それはまた、聖トマス・アクィナスの「流れる今」と「止まる今」の概念に連結している。
「流れる今(nunc fluens)は、時間をもたらし、止まる今(nunc stans)は、永遠性をもたらす」。
この命題の前者は時間をもたらし、後者は永遠性をもたらす、が……、論理哲学論考は、当然のように「流れる今は時間をもたらす」という意味での時間を扱っている……。
……つまり、ここで語られる現在は、過去や未来と対比された現在である。それは「過去――現在――未来」の中での現在、言い換えれば「時間のうちにある現在」なのである。
それに対して、「現在のうちに生きる者は永遠に生きる」における現在は、無時間性として、時間のうちにない現在、過去や未来と対比されることのない現在である。
(d)聖アウグスティヌス
ヴィトゲンシュタインが、第一次大戦中に見つけた、トルストイの「要約福音書」から、多大の影響を受けたことを、知らない者はいない。それと共に、ショーペンハウエルの「意志と表象としての世界」に、共通の哲学的主題を見出したことも、また有名である。ショーペンハウアーの哲学に、共通の哲学を認めたからである。
「意志と表象としての世界」を読めば、ショーペンハウアーもまた、形而上学の伝統のうちに立っていることを認めざるを得ない。それは、プラトンからスコラ哲学に至る「永遠性と時間」の伝統に他ならない。
「形而上学の伝統」を、私は、しばしば記述した。そして、この伝統によって、ヴィトゲンシュタインと聖アウグスティヌスの出会いが完成されるのである。
しかし、聖アウグスティヌスの時間論は、これまで私が論述してきた二つの時間論の反復にも等しいのだが、時々、「告白」の読者は大きな間違いを犯す。その間違いは日本の読者に多い。過ちの一つが……「聖アウグスティヌスは時間を否定している」という過ちである。その過ちは、「現在」についての認識の齟齬から来ている。聖アウグスティヌスは、「現在的なものについての現在(praesens de praesentibus)」という言葉の意味を指し示した。
それは、「現在」を単数形と複数形に分けて記述した内容である。複数形で書かれている現在「praesentia」は、過去、未来と対比された現在であるが、私が先記した、単数形で書かれた現在「praesens」は、対比されるものを持たない現在なのである。とすれば、この現在は、記憶や直感において、全体が現在にあるという、神の現在(永遠性としての現在)と同型となる。
もともと、聖アウグスティヌス「告白」第11巻で、しばしば、日本の読者が誤るのは、その書きだしが「神への呼びかけ」で始まっていることへの消化不良によると言える。
……「主よ、あなたは永遠を所有しておられるのですから、私が申し上げることを、知らないはずはありません」。
【Ⅳ】 ピューリツアー賞作家=J・F・ケネディ
(a)
ジョン・F・ケネディ(1917―1963)。アメリカ合衆国第35代大統領(在職1961―1963)。
彼の早逝は、彼の優れた文体に接するはずだった、あらゆる世代の人々から、その恩恵を奪ってしまった。しかし、この人の優れた文才は政治の世界に限られ、人々は、政治の中に文学の香りを味わっていたのである。
就任演説に始まり、あらゆる場面で、その文体は格調高く、優れた修辞が、人々の心を掴んでいた。その全ては、内外の政治問題が吐き出した場所から生まれ出たものだった。ピューリツアー賞作品も、その例外とはなり得ない。
……ルトヴィッヒ・ヴィトゲンシュタインが、……建築、音楽、彫刻、の数多い分野で、素人の域を超えた芸術才能に恵まれていたが、彼は、哲学者以外の何者でもなかった、という事実に重なる。
現存する、彼の建築、彫刻などについて、機会を見て、紹介したいと思う。
(b)
ロバート・F・ケネディが、ピューリツアー賞作品「Profiles in Courage」への序文でしたためた一言は、私に、ある悲しみをもたらした。
……「ケネディ大統領が探し求めていたのは、戦場にしろ、野球のフィールドにしろ、あるいは、演説にしろ、そして、大義のための戦いにしろ、その場に臨んで、自らが勇気の持ち主であることを貫き、その故に信頼に足る人物であることを示してきた歴史の事実なのです」。
ジョンは、その作品で、弟・ボビー(ロバート)の未来を予告した。私にはそう感じられた。作品は、実在の政治家達で成り立っている。……あえて自ら不利になる事柄を実行し、己れが未来に賭けた夢を放棄してきた政治家達の「勇気の現在化」と言える。
そのために、大統領職への希望を捨てた。ある者は、上院・下院の議員職も投げ打った。それ程に、彼等は誠実を生きたのである。……かつて、「気高い」の言葉は、この日本でも、人々の口を突いて出た。しかし、この語を、昨今聞くことはない、と、私の父は嘆いていた。
ジョンが描くプロフィールは、私が第【Ⅲ】項に記した「現在のうちに生きる者は永遠に生きる」という、ヴィトゲンシュタインのテーマに満ちている。それこそ、父が、長年、目にすることができなかったと嘆く「人間実存の姿」である。
しかし、作品の全プロフィールを合わせても、ボビー・ケネディの「現在のうちに生きる姿、即ち、永遠に生きる姿」以上のものを探すことは不可能なのだ。
……盟友・Piano_concerto23の父上に、私は数度会っている。二回目に会った時、ボビーの思い出を語りながら、僅かに頬に見た水滴を、私は今でも覚えている。
【Ⅴ】結辞
ここでは提示できなかったが、政権政党の謀略が失わせた「議会討論」への認識が、自民党集団には欠けている。「永遠の現在を生きる」主題に合致する、政治家の存在が、ここには全く見られない。
安倍晋三と類似するトランプへの密着に、世界の首脳は蔑視を浴びせている。トランプもまた、「永遠を生きる政治家」から程遠い人物である。ここで繰り返し述べる必要はないだろう。
【付記】
予定した目次の、最後の二つは、字数制限のため、記述できませんでした。しかし、それについては、盟友が既に記述しているので、私は割愛させてもらいました。
◆既に、盟友達が記述してきたことです。
………日本国の司法機関は、いつまで「昼行燈」よろしく、怠慢の日々に寄り添い続けるつもりなのか?
「森友・加計問題」という、典型的な汚職事例なのだ。市民団体が「佐川某」などの官僚を告発しているが、司法機関の調べが、私達には全く伝わってこない。
友人たちが、頻繁に私を訪ねてくれている。最近、法曹界の乱れが、時々、話題になる。この私、自ら言うのも気恥ずかしいが、全くの「能無し・食べ物屋」で、名前だけのオーナーに過ぎない。だが、友情というものはありがたいもので、かつての同僚達、あるいは同級生達が、姿を見せてくれている。
結局、司法機関には、政界に転職する機を窺う「痴れ者」の数が増えているようだ。その前に、司法機関の官僚達とは別の、民間人・法曹関係者に目を移そう。
決して、その全てに当て嵌まるわけではないが、刑事事件を中心に業務としている、この自由業者は、信頼することができるだろう。
しかし、パーセンテージから言えば、彼等の数は少ない。多かれ、少なかれ、弁護士希望者は、彼らが若ければ若いほど、物欲を求める商売人と、殆ど変わらない。
最近、友人達から、面白くない巷談義を聞かされる。―――今日の民事専門の弁護士に、いささかの理念でもあるのだろうか? という、疑念が、世間にはびこっている。
それは、ちょうど、昔は、医者に、人々は尊敬の眼差しを向け、「先生」と呼んだということと対照に位置する。だが、「先生」の本来の意味を担った、小・中・高の教員達の質が低下すれば、「先生」の呼称に、僅かな重みすら認められなくなっていく。その実態が、まさに「仁慈の業」である医者の姿を街角から失わせている。
話によれば、父の時代には、どんな名医といえども、全ての開業医は、午後になれば往診に出掛けたと聞いている。患者を思い、その家族を思う、仁慈の先生に他ならない。また、実際のところ、医者志望者は、高校で中級の成績、あるいは、それ以下の成績者だった。………彼等の意識は、患者に心優しい、それこそ民衆の仲間に他ならなかった。
勿論、中には、「医学」の研究を求める医療関係者も存在した。彼等は、高校時代から、上位の成績を積み上げている。だが、多くは、一介の医療関係者に過ぎないのだ。彼等が「先生」と慕われていた実績が、昔の人達の語りの中に残されている。
弁護士は、医者に比べたら、難しい国家試験を経なければならない。しかし、彼等の多くは、法律家としての理念を失っている。
つまり、パーセンテージにして、どのぐらいかはわからないが、近年、裁判官への貢物提示で、より良い判決を得ようとする弁護士が増えている、という話を聞かされる。当然、贈賄の噂は、収賄の事実を語ることになる。当然ながら、裁判官への信頼喪失に繋がっていく。だから、裁判官も、今は、法律家としての理念より、少しでもうまく立ち回り、少しでも財を作ることを心掛けている、と見做されていることになる。
盟友の一人が、………最近の司法機関の退廃を、次のような例で示していた、………たとえば、地検特捜部の具体的な立件数の激減状態についてである。野党側の贈収賄事件が激減したため、彼等は「商売上がったり」になったそうだ。しかし、与党側の疑獄は絶え間ない。それこそ、「商売繁盛」のはずが、立件数は、その逆を語っている。
安倍晋三の陰険な欺瞞を、私達は、さんざん見せつけられてきた。そのいちいちを、ここで語る必要はあるまい。国民の殆どが、自民党の悪行を知悉している。
この男は、単に「権力者ヅラ」を得意とする愚か者では片づけられない、暗黒の精神を持続した人間である。
この1、2年の安倍政治を見れば、その首魁が、どんな精神の持ち主かは、一目瞭然である。平気で嘘を言い、平気でごまかす。それでいながら、国民が与えた権力を、あたかも自らの能力で勝ち取った、と言わんばかりの図太さを見せつけている。
――――――――――――――――――――――
回答リクエストされたGreta_garbo_no_magoさんが、つい先日、前回に続いて提示する予定の論述の目次を変更されました。その変更によって外されたトピックスも、閲覧者に訴える内容がありますので、私が勝手に、それを記したいと思いました。
「形而上学者・ヴィトゲンシュタイン」について、―――もともと、Piano_concertoさんが書こうとされたテーマですが、それを、そのまま、Greta_garboさんが引き受けられたそうです。
いずれにせよ、お二人とも、哲学の学究なので、Gretaさんの論述も興味深いテーマであることは、想像できます。楽しみに待っています。
私の巷談義を読んで下さった皆様に、感謝します。
◆エルサレムは、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、この三つの宗教が、それぞれの聖地であると重視してきた場所である。このエルサレムが、イスラエルの首都であるということ自体に、私は、特別な異論を持たない。
問題は、他国の首領が、勝手に、ここはイスラエルの首都だと、馬鹿げた宣言をする、その事自体に、私は「ああ、やっぱり、いつものトランプのやり口だ」と、笑いを抑えることができなかった。
しかし、対立する側にとっては、容易なことではない。勿論、笑って済ませる問題ではない。従って、イスラム教徒の反発は必至だろう。
ドナルド・トランプは、どこから見ても、アメリカ合衆国の為政者とは言い難い。アメリカの為政者は、どこかの欺瞞政治屋が「都民ファースト」と真似するような標語を作り出したりはしない。誰もが知っている馬鹿げた標語、特にアメリカ人達が嫌うファシズム的標語なのだ。………「アメリカ・ファースト」。
そうなのだ。トランプは、どこから見ても、アメリカ合衆国の為政者とは言い難い。
………「Due Process of Law(法の適正手続き)」という法概念がある。それは、不文法国家と見做される英米法国家が重視する法概念である。英米法とは言っても、この不文法を歴史的な具体化の中で進化させてきた国は、アメリカ合衆国に他ならない。………つまり、実体的正義に比べて、手続き的正義を、必ずしも、下位に見ない法制の発達、それは即ち、判例法による進化が示した、合衆国独自の法制史に彩られている。
当事者ではない、他国の親分が、勝手に、当事者間の「対話による手続き的結論」を中止させ、勝手に処分を決めたという、その事自体にも、この親分の狂気の沙汰が覗いて見えてくる。そして、アメリカ人なら絶対に考えることのない法制上の問題を惹起する。即ち、これは「Due Process of Law」の欠落と言わざるを得ない。
だが、私が言いたいことは、むしろ、以下の事柄である。結果として、イントロダクションの方が長くなってしまったが………。
我が国の政権政党の談話が、ニュースで現れた。………「トランプさんは、何を考えているのか、さっぱりわからない」。
ということで、例のアベが飼っている九官鳥が、何やら、穏当な手段を取って欲しかった、というメッセージをメディアに残した。
「何を考えているのか、さっぱりわからない」。………本当にわからないのか? いつものアベ独特の欺瞞の言説ではないのか? 私達は、この欺瞞に、さんざん悩まされてきている。
しかし、よく考えてみると、この「無教養」、「知性欠如」という男女集団が構成する自民党であれば、わからないのかもしれない。そう言えば、この知恵袋にも、………ユダヤ教を迫害するのはキリスト教だ、………と、決めつける愚か者が大勢いる。こうした愚か者は、大抵の場合、自民党ファンなのだ。この類似性を考えれば、自民党の出来損ない達は、………「トランプさんよ、何を考えてんですか?」と、なってしまうこともあり得るのだ。
要するに、私が述べたいことは、自民党の政治屋たちの習性です。この習性は彼らの特質となり、しばしば、私達を迷路に巻き込む役割を果たしてきた。………即ち、「欺瞞」、あるいは、「知性欠如」のいずれかが、前面を闊歩し、もう一方は、やや隠される。だが、結局のところ、この「欺瞞と知性欠如」は、彼等・政治屋男女に染み付いた悪臭に他ならない。
◆タイトル:「国民の代表、とは認められない、安倍政権の放埓」。
【Ⅰ】序論
私が取り上げたい問題は、日本の政治屋たちに窺われる「国際感覚の欠如」であり、「外交対処への非適正」についてです。とりわけ、自民党政治屋男女に、それは当て嵌まると思います。
そもそもの始まり。盟友のSamaritan_fieldが記述を続けているが、まず、彼の、この問題についての最初の論述を、「次のURL」で参照していただきたい。
この論述では、「安倍内閣の放埓な対応」よりも、むしろ、批判者・ジョセフ・カナタチ教授(国連人権高等弁務官事務所 所属)への「揶揄」が記されている。その「揶揄」とは、カナタチ教授の批判が、国連における彼の立場を離れた個人的意見に過ぎないとする揶揄であった。その言説は、「内閣官房長」から、とは到底認められない、「アベ子飼いの九官鳥」が発する戯言に等しいと言わざるを得なかった。
ここに、安倍をはじめとする自民党一族の、国際感覚の欠如、外交適性の欠陥、が如実に示されているのです。
【Ⅱ】「国連人権理事会」における日本への勧告批判の実態について
? 国連人権理事会による人権状況の定期審査について
2006年6月、人権理事会が創設された。
2008年から審査を実施。当初は4年ごとにとのことだったが、4年半ごとに変更された。
第一回 2008年5月9日
第二回 2012年10月31日
第三回 2017年11月14日
? 第一回審査は2008年5月9日に実施され、審査結果の文書は2008年5月14日に作業部会で採択された。その後,2008年6月、第8回人権理事会本会合で正式に採択された。
第一回では、日本政府に対して26の勧告が出された。政府は、このうち13の勧告を受け入れることに同意した。しかし、その13勧告でさえ、実施状況は十分とは言えなかった。
そのため、以下の第二回審査でも、多くの国連加盟国から、2008年と同様の勧告がなされた。
? 第二回審査は、2012年10月31日に実施、審査結果の文書は2012年11月2日に作業部会で採択された。その後,2013年3月,第22回人権理事会本会合で正式に採択された。
この第二回審査では、79ヵ国の政府代表が質問や勧告などを行ない、最終的には、170以上の勧告が日本に対して出された。
以下に記述する内容(批判)は、特に、多くの国が繰り返し勧告を出しており、国際社会の強い懸念が示されている内容です。
・ パリ原則に基づく独立した人権擁護機関の設立、
・ 人権条約の個人通報制度の実現
・ 取調べの全面可視化や弁護人の立ち合い、起訴前勾留制度の改革などの刑事司法改革
・ 死刑の執行停止と死刑の存廃に関する国内的議論の喚起
・ 死刑囚処遇の国際人権基準に基づく改革
・ 従軍慰安婦問題に対する解決
・ 女性に対する暴力・人身売買の根絶のための措置と女性のエンパワーメント
・ 民法の女性差別指定・非嫡出子差別規定などの改正
? また、この第二回審査では、とりわけ、女性に対する差別撤廃、障碍者、外国人、LGBTに対する差別撤廃の課題について、日本政府のさらなる取り組みを求める勧告が相次いだ。
これによれば、前回の勧告内容と今回の勧告内容が、ほとんど被っていることがわかります。つまり、厳しい指摘を受けても、この四年間、人権状況がほとんど改善されてこなかった、ということ。日本の人権状況は、四年前の審査の時から進歩したとはとても言えない状況なのである。
? 第三回審査は2017年11月14日に実施され、審査結果の文書は11月16日に作業部会で採択された。今後、2018年2月~3月、第37回人権理事会本会合で正式に採択される予定である。
この第三回審査において、日本に対する発言をした国数は106か国に及び、勧告数は200を超えた。
勧告の主な内容は以下の通り………、
●反差別、
●死刑制度、
●国内人権機関の設置、
●個人通報制度等の選択議定書の批准、
●女性や子どもの性的搾取や人身取引に関するもの。
………とりわけ女性、LGBT、人種・民族的少数者に対する差別、性的指向を理由とする差別の解消を求める勧告は60を超えた。
………死刑廃止に関連した勧告は30を超え、国内人権機関の設置を求める勧告も30近くに及んでいる。
今回の審査においても、他の国連加盟国から、法律の制定及び法改正並びにその適正な運用を示唆する多くの勧告が日本になされた。
この勧告を、日本の行政機関、のみならず、国会、司法、の課題として受け止めなければならない。
【Ⅲ】安倍内閣が発する多くの欺瞞、しかし、それは果たして、いつまで功を奏するか?
しばしば、メディアを通して、出所の明らかでない「日本賛辞」、「アベ賛辞」が行なわれている。しかし、こうした欺瞞は、すべて、その出所を明確にできないままである。
………つまり、日本をイギリスが褒め称えている。………あるいは、日本の外交努力が、諸外国から褒められている、等々。
いずれも、出所を示さない「欺瞞創作」であることは明らかなのです。しかし、きちんと記録される、「国連における日本の実態」は、諸外国が決して日本を賛美していない事実を示している。
【Ⅳ】「人権」、「自由」、「民主的政体」、等々の、どの一つをも軽んじる「アベ・男女集団」
私は、【Ⅰ】【Ⅱ】を通して、国連外交の不適切さを例示した。国連が問題視する多くは、やはり、「人権と民主主義」の問題に他ならない。だが、私は、別の観点から、この問題を論じたいと思います。
ある女性弁護士が、日本の代表的メディア紙の一つに「立憲政治を嫌う安倍」という内容で、一文を載せていた。つまり、基本的人権の尊重が、今や、普遍的な憲法の要件となっている立憲政体において、基本的人権の無視、圧迫、が著しい、……と言うより、基本的人権の何たるかを知らない、安倍晋三と、その取り巻き男女達の醜悪な実態についての批判であった。
即ち、アベと自民党男女は、知性を欠き、教養を喪失した烏合の衆に過ぎないのである。
この臭気(アベ臭さ)は、日本全体に蔓延しようとしている。立憲民主党、共産党、社民党、民進党、が、その蔓延を食い止めようとしている。しかし、それさえも、「数の力で弾圧を加える」アベ集団とは、結局のところ、一党独裁を目論む集まりだと想像されても仕方がない。
それは、国会質問の時間配分についての「アベ党」の要求に現れている。この党にも「立憲制」を守ろうとする良識者は、ほんの僅かに過ぎないが存在する。たとえば、村上誠一郎を中心とする僅かな人数である。この僅かな良識者は、自党への批判を歓迎している。それほどに、人間性について謙虚である、ばかりでなく、立憲制における議論の重視を必要事と考えている。
これは当たり前の「民主政治の常識」に過ぎない。この初歩的な常識さえ持たない自民党男女集団は、議論の時間を潰し、「下らないアベ賛美」の、下手くそな旋律を得意げに鳴らしている。
当然、そこまでの醜さ、愚かさを、国連関係者は、知っているのか、知っていないのか、国連人権理事会が取り上げる事柄は、この「民主主義破壊」とは別の事柄だが、しかし、この別の事柄は、溢れるほどの充満ぶりである。
【Ⅴ】結論
私は、次の事実を繰り返したい。………ヒットラー政権は、少なくとも、国民の選挙によって成立した………、と、考える愚か者が、日本にはウヨウヨしている。このカテでも同様である。しかし、彼が正当な選挙で得た獲得数は、30%に過ぎなかった。政権奪取は、ナチズムという暴力によって達成されたものである。
ところが、アベ・シンゾウは、暴力ではない、しかし、欺瞞続出の手段によって、政権を獲得している。
選挙投票数では多かったはずの野党連合は、連合を喪失した。
しかし、私は、この結果を、むしろ試練として歓迎したい。たとえば、「希望党」のような、「曖昧な政策理念」に冒され、「裏切り行為を恥じない」政党に、連合を求めることは、未来に禍根を残すことになるだろう。
しかたがない。今は忍耐の時期だ。投票数に現れているように、「安倍晋三の化けの皮、とは言えない、見え見えの本物の姿」は、いつの日か、全面的に現れるだろう。彼と、その、ファシズム取り巻きが脱落するのは、そう遠い先のことではない、と、私は考えている。


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【コスパ最強】好きな人がいます。四年間片思いでずっと遠距離です。彼とは1年に1・2…

好きな人がいます。四年間片思いでずっと遠距離です。彼とは1年に1・2…

好きな人がいます。四年間片思いでずっと遠距離です。彼とは1年に1・2度会います。おはようおやすみメール&その日あったことなどを四年間毎日欠かさずメールしています。
何度か好きと伝えましたが友達で、ということ でした。
彼の両親とも会っており家に泊まったこともあるので彼の両親からはよくメッセージや電話などが来ます。ちなみにキスは何度もしてます。(それ以上はない。)
彼は外国人なのですが今、日本に来ておりシェアハウスに住んでいます。私と彼の距離は同じ日本でも飛行機で2時間の距離でなかなか会えません。
彼とシェアハウスの女友達(日本人)の写真をsnsで見たり、ハグしてる写真などを見ると嫉妬してしまいます。
最近夜はメッセージが返ってこないときがあります。
けれど私は彼女ではないので嫉妬する資格はないです。でも何度か、誰といるの?無視しないでよ。言ってしまったことがあります。それに対してその質問はおかしいよ、僕が楽しんでいる時間を邪魔しないで。と言われました。
その通りだなと思いそれから聞かれたことに対して答えるだけにしています。詮索するようなメッセージはやめて1週間くらいたちます。
辛くて眠れないです。何してるんだろう?って思うと泣きそうになります。
私、本当におかしいですよね?嫉妬をやめようと思ってもどうしても考えてしまいます。
告白を断られているのにまだ彼が好きなのもおかしいですね。。早く誰か他の人を好きになりたいと思いますが彼からメッセージが来るたびにすごく幸せになってすぐ好きな気持ちがもどってきます。四年間も毎日メールしているので依存?なんですかね?本当にどうにかしたいです。
メールをやめようと言ったことも何度もありますが彼は、なんで?僕は毎日おはようおやすみメールをしたいよ、と言われ私もそれで嬉しくなり、いつも通りにもどってしまいます。
長文になりましたが、
遠距離でシェアハウスに住んでいる彼に嫉妬してしまいます。どうしたらいいですか?
嫉妬すればするほどあり得ないかもしれない?ようなシチュエーションまで1人で考えてしまい辛くて夜眠れなくなります。
彼とは冬に旅行に行く予定です。ですが嫉妬してしまい誰かと一緒に寝たのかな?など考えてしまいそうです。
彼は私が彼を大好きなことは知っています。何度も嫉妬したり喧嘩したりして今読み返しても面倒くさい女だな自分、と思うことが多いのですがそれでも彼はメッセージをくれます。(超絶ウザいときは半日くらい無視されますが...)
彼は私のことは根本的に嫌いではないと思います。ただ、彼女としては見ていないと思います。でも普通の友達ではないような感じです。キス以上はしたことないのでセフレでもありません。
言いたいことがまとまらなくて申し訳ありません。。自己嫌悪になってます。
彼に日本滞在を楽しんで欲しいのに嫉妬して彼の楽しみを素直に喜べない自分に嫌気がさします。
彼は私と友達でいたい、私は彼に恋愛感情をもっている。このケースはなかなか上手くいかないですね。。私が我慢してしまい1人で泣いてしまう日ばかりです。重いですね。。何か他に自分が没頭出来ることがあればと思うのですが彼の存在が大きすぎて、何をしてても考えてしまいます。
認めたくないですがまだ彼のことが大好きなんだと思います。。。辛い。

アンサー

遠距離→結婚したものです。
連絡をやめようなんて、連絡するのは、明らかに止めて欲しいだけ。
自分から止めれば良いだけです。
また、振られているのに、旅行にノコノコついていく。
彼の対応、これも最低で、主さんもそんな最低男の言葉に変に期待する。
口先だけの言葉に意味なんてありません。誰でも簡単に言えるのですから。
本気で関係を断つ気ありますか?
あるなら、連絡を遮断すれば良いのであり、それ以上でも以下でもありません。
都合のいい女。
それが、主さんのポジション。
日本人にも、こんな男はいますが、そんな残念な恋愛にしがみついてしまう女性がいるのもまた事実。
無駄な恋愛にしがみつけば、他の出会いを妨げるだけ。
そんな人生を選びたく無いなら、連絡を断つべきです。
女性の売り時は、とても短いので、四年も無駄にしたなら、その分婚期も後ろにずれ、年を重ねた分、男は振り向かなくなり、成功確率を下げます。
優柔不断は、人生の価値を下げますよ。


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【知っトク】婚活に悩んでいます。 30歳女です。まともに恋愛したことがありません…

婚活に悩んでいます。 30歳女です。まともに恋愛したことがありません…

婚活に悩んでいます。
30歳女です。まともに恋愛したことがありません。
一年半ほど前から婚活・恋活や自分磨き(容姿やコミニュケーションなど)をしています。
しかし、行き詰まってしま い悩んでいます。
婚活パーティーや街コンなどはカップリングしないので不向きなんだなと思い、
相談所も一時期登録しましたが面談に至らずあきらめ、
今は婚活サイトを中心にしています。
もちろん、写真なども顔がはっきりわかるものを公開し、
それでも連絡を下さった方としばらくメッセージで連絡を取り、誘ってくれた方とお会いしているのですが、それでも1.2度会うとフェードアウトやお断りをされてしまいます。
(私から連絡やお誘いした方ももちろんいますが、無視されてばかりです。)
高望みできる身分でないのは重々承知なので、私の好みは度外視でいろんな方と連絡を取り合ってるつもりです。
(私が自力で日帰りできる距離に住んでる方は基本お断りしません。
メッセやりとりの最中や会った後に私から切ることもありません。)
それでもこの有様なので、
女として、というより、人間としていろんなものが至らないような気がしてしまい悩んでいます。
友人などにも相談しましたが、具体的な改善策は得られず…
婚活の諦めどころも分からなくなっています>< どうすればもう少し先に進めるようになるでしょうか。 もしくは、婚活の諦めどころってどこなんでしょうか。

アンサー

自分の欠点を自覚するのが一番なのかと思います。
欠点がわからないと、改善もできないので。
サイト利用で、実際に会うところまでいけるのですから、公開されているスペックは問題ないのかと思います。
見た目も、公開されているお写真は多少は映りの良いものを使っていると思いますので、多少の本人とのギャップはあれど、2度会える方もいるということでこちらも問題ないのかと思います。
会ってからの、会話や気配りが問題なのかなと思います。
何か、敬遠される要素に、心当たりありませんか?
友達って、よほど親しくない限り、遠慮して欠点の指摘はしてくれません。
比較的正直に言ってくれそうな、両親や親戚、きょうだい、先生、上司等からの指摘をヒントに、探してみてください。
異性関係に関わらず、普段の生活についてでも仕事についてでも構いません、それらもヒントになります。
もしくは、普段良いことしか言われないのでしたら、その反対を考えてみるのも一つかもしれません。
よく長所と短所は表裏一体と言われますので、例えば「優しい」の反対は「気を使いすぎて優柔不断」、「真面目」の反対は「面白みがない、融通がきかず型通りすぎる」となったりします。
諦めどきは、「もういいや」となった時、一生独身と決めた時だと思います。
◆処女なんですか?
◆日帰りできる範囲だったらどこにでも誰とでも会いにいく,というのがゴールになっているのではないでしょうか。
実際に会って,後は相手まかせで気も利かない,ただそこにいるだけの人とは何度も会いたいとは思わないでしょうね。
そんなことがないのであれば,あとはもう縁ですから,機会を増やしていくしかありません。
まともな人にはいつか見合う人が巡ってくるはずです。
◆30歳という年齢だけでいえば婚活サイトでは需要あるほうです。
婚活パーティーでカップリングしないということなら婚活サイトがやりやすいはず。
1~2度会ってフェードアウトはおそらくみなさん経験しているかと思います。普通です。
さて、女として人間としていろんなものが至らないという悩みのようですが、
ひとつのきっかけでそれらのコンプレックスは一気に吹き飛ぶものです。
加点法で行きましょう。
子供が産める年齢は強力な武器なので、まだ諦めちゃダメです。
映画でも音楽でもなんでも立派な趣味です。共通の趣味があればそこから話を広げましょう。精神的に満足できるお相手を探して頑張って下さい。
◆>>高望みできる身分でないのは重々承知なので、私の好みは度外視でいろんな方と連絡を取り合ってるつもりです。
多分、質問者が相対した人間が高望みしているんだと思います。
>>友人などにも相談しましたが、具体的な改善策は得られず…
改善策はないと思います。
一先ず、色々と自分に磨きをかけている質問者。
なんら問題ないと思います。
別に完璧な女にならなくてもいいし。
引き続き、質問者の内面を好いてくれる男を見つけていくしか
ないと思います。
>>どうすればもう少し先に進めるようになるでしょうか。
多分ですが、質問者というより相手次第だと思います。
相手はきっといろんな人にアプローチしていろんな女性と接していると
思います。
それって選り好みしていると思うんですよね。
だから婚活とかそういうのっていろんな男女が登録しているゆえ
出会えるきっかけはあるものの、カップリングになるの難しいと
思います。
難しいからひたすら出会いを探していくしかないと思います。
>>もしくは、婚活の諦めどころってどこなんでしょうか。
それは質問者がもういいやと思った時じゃないでしょうか?
◆コミュニケーション下手な方にありがちなのが、
1笑顔がない
2返事が相槌のみ
3内容が真面目
4うまく会話しようと焦ってる
だと思います。
1は最初疲れると思いますが鏡見て練習したり、あなたの知り合いの笑顔が素敵な人を想像しながら常に笑顔でいましょう
2話が広がらないと相手も疲れます。相手の言葉の中から質問を考えましょう
「犬が好きなんです」
→「そうなんですね、私も好きです」のみだとNG
→「どんな犬種が特に好きですか?」「ペット飼ってるんですか?」「かわいいって思うのってどんな時ですか?」など
3これは上手に返さなきゃ的な芸人発想はいらないので、たまに冗談を入れながらあなたが親友と話すみたいに楽しく会話することです
4相手に見つめられると緊張するかもしれませんが、企業面接じゃないのでゆっくり答えましょう。
想像で書きましたが1と3がマシになれば会話弾むと思います。がんばって(^^)


質問タグ:婚活,フェードアウト,カップリング,コミュニケーション,連絡,質問者,御自身

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