電車の中で席を譲るのって難しいですよね 譲っっても断る方も結構居ま

電車の中で席を譲るのって難しいですよね
譲っっても断る方も結構居ます。 凄い大きな荷物で大変そうで、ふらふらしている白髪のおばあちゃんにゆずったら、遠慮しますといわれたり
どうぞって言っても座らなかったり
次降りるので、ここ座りますか?って聞いたら怒って「すわりません!」って言われたり
結構そういう態度するお年寄りや年配の方って多くて、もう嫌な思いしたくないからと知らん顔していると、譲ってくれないと大騒ぎする人もいるし・・・
妊婦かどうかなんてバッチがどういう意味かわからないでいる人に、妊婦なのに、譲ってもらえないと騒がれたり
譲らない人ばかりが悪いみたいな言い方しているけど
譲られる側の配慮も必要だと思いませんか?
断るなら「ありがとうございます、直ぐ降りるし、このほうが楽だから」と言うとか
「ありがとう、私もつぎ降りるの」ってにこやかに言えばいい
嫌な態度で返す人が多いから、親切したって、いいことないからしなくていいやってなりますよね。
まあ素敵だなと思ったのは、微妙な年齢の女性が疲れている感じで、譲ろうかなと思ったけど、迷っていたら、隣のイケメンな男性が「あ、女性の方どうぞ、レディーファーストですから」と言ってさりげなく座らせてあげたのも見たことがありました。おばさん真っ赤になって「ありがとうございます」って言ってた
それは男性じゃないとできないな・・・女の人が女の人にレディーファーストとか言えないもの・・・
まあ大半電車では女性が譲っている率高いですけどね
確かに。昔の年寄りより、今の年寄りのほうが態度が悪いというか、中途半端に若いという意識が強いのかプライドなのか、歳を重ねて円熟し丸くなるどころか、わがままで非常識な年寄りが増えていますよね。喧嘩腰だったり短気だったり。言葉遣いも、昔のお年寄りは丁寧な言葉を使う人が多かったです。ところが、今ではぶっきらぼうだったり、変だったりね。それで譲らないと「譲ってくれない」と怒るし、譲るのが当たり前と考えていて、若い人が座っているとグチグチ文句。
こういうのに一回でも遭遇すると、仏のように心が優しい人でもなければ、ふつうの人なら、「声をかけて損した、恥かいた。もう二度と譲らない」と思うものではないでしょうか。冷たいのではなく、それが当然だと思います。声をかけるのだって勇気がいるし善意でやって嫌な思いをするのは辛いですよ。少なくとも自分なら、もう二度と声掛けしたくないと思います。バカをみた、じゃないけど。
妊婦さんも、妊婦なのか太っているのかわからない人が多すぎ。昔のようにいかにもマタニティ服っていうか、妊婦さんってジャンパースカートが定番だったけど、今の妊婦さんって普通のオシャレっぽいマタニティ服を着ているし。普通に太っているだけの人も、ふわっとしたチュニックなのかなんなのか、そんな紛らわしい格好だし。
臨月までいけば気付くだろうけど、なかなかわからんもんですよ。
マタニティマークなんて、胸元にぶら下げていればわかるだろうけど、だいたいバッグとかにさりげなくでしょう?そんなの他人はいちいちそこまで見ないって。
最近は本当に言葉遣いというか、会話がまともにできない人が増えたなあと。これは年寄りも若い人も関係なく。ぶっきらぼうというか、つっけんどんな物言いというか。単語だけ、とか。相手に対してちょっとした思いやりがあれば、見知らぬ人にだって、なかなかそんな感じの悪い対応はできないものですけどね。
譲られる側の態度も大事だね。もし、相手が善意で声をかけてきてくれたら、自分が座りたいか座りたくないか以前に、「この人がせっかくお声をかけてくださったのに、恥をかかせては申し訳ないな」って、良識のある人ならまず思います。「ありがとうございます」「すみません」ってありがたく譲られるものです。それを申し出てくれた人の気持ちも考えず、きつい言葉で断るなんてねぇ。
そういう場に居合わせた第三者であれば、「なんだその態度は。嫌な人だなあ」って、思いますよ。多くの乗客はそう思うと思います。申し出た人に対しては「気の毒に」と思います。
◆そう思います。
若く見られたいって言う気持ち分かるけど、席を譲るって言う行為って空いていたら座りたいから座るけど、必要な人が居れば譲るって気持ちの人がしている事は当然で立っていたいなら譲る必要はないですからね
ごちゃごちゃといい人ぶってるとか、譲ってやってるんだから感謝して当然だと思ってるんだろうとか書いてる人いたけど、人としてのコミュニケーションとして、いきなり喧嘩腰の応対をする事は非常識で相手に感謝しろって事を言ってるわけじゃないんですけどね
なんでそれがわからないんでしょうね
そういう事時点分からない人が増えたのかもしれないですね
そんな譲ってやってると思ってる、感謝しろと言ってるのか!なんて気持ちになれるならますます、関わらない方かいいし気持ちよくすごしたいから知らん顔でいいって思うの普通だと思います。
◆何も言わずに、「ここで降りる」フリして席を空ければいいのではないでしょうか。
◆若者がマナーを知らんからだ。
昔は勧められても一度目は断るのが礼儀とされていたのだ。
◆いえいえ、今の電車マナーでは、私語禁止です。
というか、物音ひとつ立ててはいけないルールがあります。
席を譲る際には、サッと席を立ち無言で移動すること。
掛け声を掛け発声するとマナー違反、
無言で肩を叩くと痴漢扱いされ、
相手を見つめ、空いた席を指差すと強要罪になります。
「どうぞ、お座りください」など言えば言葉の暴力ですよ。
電車内で声を発して良いのは
何らかの被害に遭っている被害者と車掌さんなのです。
◆言っていることは分かります。でも怒りながら「結構です!」と言うか、「ありがとう。でもすぐ降りるからいいですよ」と言ってくるかは実際に声を掛けてみなければ分かりません。仮に「少々気難しい人もいる」としても「そういう人がいるから譲りたくなくなる」と考えてしまうのは好ましいことではありません。そういうのはあくまで「結果論」ですから。
こちらのカテゴリでは「こちらは譲ってやっているんだから仮にすぐに降りるとしても『譲ってやった自分に気を遣って』有難く座るのがマナーだ」などというとんでもない暴言を吐く質問者もいます。
「席を譲ってやった自分」という姿に自己満足、自己陶酔を覚えるようですが、立っている人は座っている人の要望を満たすために座るわけではありません。
「譲られる筋合いはない」とばかりに譲った人の厚意を無碍にする人」
「譲ってやってるんだから自分に恥をかかせないように黙って座れという人」
いずれも自己中心的な価値観で他者に対する思いやりを見失っている人です。そういう一部の変わり者を基準にして「譲っても不快な想いをすることがあるから今後一切譲らない」とか「立ったり座ったりする方が脚が痛むのでこのまま立っていたいが『譲ってやっているんだから座れ』と強要する人がいるので仕方なく座る」などと考え方を固定するものではありません。
要するに質問者様は「席を譲る」という行為に実際以上の高い価値を与えているだけです。つまり「席を譲る自分はかっこいい。みんなこの親切な自分を見て! え? 座らないの! それでは親切な自分を演出できないじゃないか!」と言っているわけです。
そんな風に考え過ぎて行動を縛るものではありません。
「どうぞ」
「結構です」
「そうですか」
それで済む話です。別に過剰なストーリーを求めるような出来事ではありません。
◆気にし過ぎなんじゃない?
いくら相手が怒ったって、殴りかかって来る事もないでしょうし、善意ですることですから断られることもあります。
「若くありたい」「若く見られたい」という人が多いのは百も承知で、そんなの想定内の事でしょ。
「ありがとう」と言われなきゃ嫌だと言うなら、そういうリスクは避けられないので、格好を付けずに黙って座っていれば良いと思います。
妊婦さんについては、年齢などと違い、妊娠しているか否かで程度の問題ではありませんから、お年寄りの時よりは気を付けた方が良いでしょうね。
人前で妊婦と間違えられるのは、屈辱以外の何物でもないでしょうから、確信が持てない場合は止めておけばいいんです。
どちらか分からないくらいだったら、立ってても大丈夫なんだと自分で納得するだけの事です。
どちらかを選択するだけの事ですし、断られたからといって損をする訳でもありません。
断られない人選するとか、上手く譲ろうと思うから難しいのであって、断られたらそのまま自分が座れば良いんですよ。
先にも言いましたが、人は「若く見られたい」と思うものですし、妊婦に間違えられるのは酷な事です。
分かっちゃいますが、それでは必要としている人が座る事が出来ません。
難しく考えすぎず、正しい行いをするという一点にだけ留意しましょう。
こんな事くらいで「バカじゃなかろうか」とかいう輩もいますが、そういう人になるくらいでしたら、譲らない方がマシです。
善良な人は他にもいますから、他人に悪意を持つくらいなら、善意を押し売りしない方が良いでしょう。