電車のマナーやモラルはどこまでゆるされる? 首都圏の電車だとしたら

電車のマナーやモラルはどこまでゆるされる? 首都圏の電車だとしたら、大手私鉄や東京周辺のJR通勤電車と、中距離電車があるか、混雑しだしてからの、立ってる人の荷物についてや、飲食に化粧、ぶつかったりや話声やイヤホンの音量にベビーカーや車イス、優先席などに高齢者やマタニティの方を譲るとか、他にも迷惑行為やモラルとかあるけど、長距離を乗るJRと近場系に乗るのとでも違うだろうし、どうなんだろう。
ベビーカー問題は、国の国土交通省が一定のルールを作りましたし、マタニティは、マークをつけてる人に席を譲るようにとかありますが、どこまで許されて、どこからよくないのかってどうなんですか?
自分が基準です。
いくらガイドラインが整備されたところで、多少のことであれば大目に見て許すのも自分だし、たいしたことでもないけどカチンとくるのも自分です。
車内でアナウンスで呼びかけてることがありますがそれで充分です。
きちんと整備することが逆にトラブルになることだってあります。
高齢者の位置づけを60歳としましょう。
今の60歳だと元気なかたが多いです、もちろん70歳でもそうです。
例えば高齢者でない人が仕事帰りなどでへとへと状態で優先席に座った、そして高齢者が乗ってきたら立つ人もいれば気づかないで立たない人もいるでしょう。
そこへ、ガイドラインが整備していることでここぞとばかり大義名分を掲げて横柄な態度で怒鳴る老人も出てくることでしょう。
確かに普通にヨボヨボとした老人なら譲らないほうに問題があると考えますが、いきなり怒鳴られると普通ならすんなり譲るところでも譲りたくなくなってくるとも考えます。
そこで思うのは、それぞれの人の心が「すさんでいる」のか「満たされている」のかにかかってくると思うのです。
金、愛情、生活、健康、出来事、いろんなもので心が満たされているときもあればすさんでいるときもあります。
金で大損した、彼女に振られた、仕事で失敗してこっぴどく怒られた、体がしんどい、友達に裏切られた、などなど。こういう気持ちがすさんでいるときに他人に優しくできない心の状態があるからつい他人に厳しく当たってしまうわけです。
それは高齢者側にもいえることです。心が満たされていればいきなり怒鳴るなんてしないでしょう。なにかでイライラがあるからではないでしょうか。
まぁそれも仕方がないと言えば仕方がないという話になりますが、人に優しく出来る人は他人からも優しくされることも多いです。
あとは自分がもし心がすさんでいると思えば、何を満たせば心が豊かになって他人に優しくなれるかということをそれぞれの人が考えると社会がよくなっていくと考えます。
◆自分を基準にして
相手が「弱者(色んな意味の)」ならば優先的に譲れば良いだけの事。
「情けは人の為ならず」

いつか自分に巡り巡って帰ってきますから…
因みに私の住んでる地域では高校生でも決して優先席に座ろうとしません。民度の差でしょうか?
法をもってして規制しないといけない
法をもってしても上手く行かない
世知辛い都会の街には昔ながらの日本の美徳
「思いやり」「譲り合い」は無くなってしまったのか?と憂いています。